日本発の宇宙ビジネスコンテスト

こんなコンテストがあるんですね。すごいです。

 内閣府、JAXA(宇宙航空研究開発機構)、民間大手企業が実行委員会となり、日本で初開催された宇宙ビジネスコンテスト「S-Booster 2017」。300件におよぶ応募の中から大賞に選出されたのが全日本空輸(ANA)の現役社員である松本紋子さんが提案した、衛星データを利活用した航空機の飛行経路・高度の最適化システムだ。今回は松本さん本人にインタビューした模様をお伝えする。

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●S-Boosterとは?

 S-Booster 2017は、内閣府、JAXA、ANAホールディングス、三井物産、大林組、スカパーJSATが主催する日本初の宇宙ビジネスアイデアコンテストだ。政府の宇宙政策委員会がまとめた「宇宙産業ビジョン2030」でも言及された宇宙ベンチャー企業数の拡大に向けて、新たなアイデア発掘を目的に実施された。

 2017年6月に書類応募を受け付けて、約300件の応募があった。その後は書類審査が行われて、審査を通過した方々が審査員の前でプレゼンテーションを行い、ファイナリストを選出。ファイナリストはその後約2カ月間、メンターと呼ばれる方々と議論を重ねて、10月30日の最終選考会に臨んだ。最終選考会には、女優の剛力彩芽さん、宇宙飛行士の若田光一さんも訪れるなど華やかな雰囲気で行われた。

 さまざまなビジネスアイデアの中から、大賞に選出されたのがANAの現役社員である松本さんが提案した「超低高度衛星搭載ドップラーライダーによる飛行経路・高度最適化システム構築」だ。実は筆者自身もメンターとして松本さんと議論をさせていただいたこともあり、今回のインタビューにつながった。応募の背景、ご本人の思い、受賞後の変化などをお伝えしたい。

フライトプランを飛行中に見直したい

 私は普段ANAのフライトオペレーション推進部という部署で、パイロットが飛行するための管制運用などを記載しているマニュアルを作る業務をしています。地域は米国、カナダ、メキシコが担当です。そうした業務の一環で国土交通省航空局とFAA(米航空宇宙局)が協力して進めているDARP(Dynamic Airborne Reroute Procedures:動的飛行経路変更方式)に関わってきました。

 DARPは、飛行機がその飛行経路・高度を動的に変えていくための手順を作成する取り組みです。飛行経路・高度は出発の数時間前に作られ、それに従いパイロットは運航しており、原則として飛行中に経路・高度を変えることはしません。しかしながら、飛行中の最新情報を踏まえて、飛行する経路・高度を動的に見直すことができれば、燃料費の削減やさらなる安心・安全の向上が期待されることから、一部の路線でDARPのトライアル運用を実施しています。

 飛行中に経路・高度を見直すためには、運航管理者が最新の気象データを基に飛行経路を再作成し、飛行中のパイロットが承認し、最後に管制官が許可する必要があります。そして、この時に問題になるのが、経路・高度を計算するための気象データの更新サイクルと予測精度です。

 飛行経路・高度を算定するため使われている気象データは、ウィンドプロファイラという地上から観測を行うもの、飛行機に搭載されたセンサーで行うもの、さらに静止気象衛星などのデータから予測されています。この中で、特に上空の風を広域観測しているのが気象衛星の水蒸気画像なのですが、更新頻度は6時間ごとに1時間刻みの予測値を出すようになっており、飛行時間を考えると十分ではありません。

 また、予測精度の観点でも、現在のところ、予測風の誤差は秒速で3〜4メートルほどあります。これはジェット気流の風速が30〜100メートルと言われる中、小さいと思われるかもしれませんが、それでもこの誤差により、1時間当たり最大で450キログラムにもおよぶ燃料消費の誤差につながります。旅客機は必要燃料プラスアルファを必ず積み増すわけですが、多く燃料を積むことで、機体が重くなり、二酸化炭素(CO2)の排出量も増えてしまいます。

 より高精度な気象データが手に入ることで、更新頻度が高まり、予測風誤差が小さくなればいいのにと思っていたところ、ANAの社内向けサイトにS-Boosterが紹介され、詳細を確認してみたらそれが宇宙のビジネスアイデアコンテストだと知りました。普段の業務とは違うアプローチで検討してみるのも良いのではと思い立ち、応募してみました。

ドップラーライダーを搭載した超低軌道衛星システム

 ファイナリストに選出された後に、メンターの方々やJAXAの方々と議論を重ねてまとめたのが「超低高度衛星搭載ドップラーライダーによる飛行経路・高度最適化システム構築」です。ドップラーライダー(※レーザ光を発射して、大気中のエアロゾル――塵や微粒子からの反射光を受信し、その移動速度や方向を風速・風向として観測)自体は既に地上で活用されていたのを知っていたので、それを上空から使えないかと考えました。

 衛星自体を低軌道に浮かべることでドップラーライダーを小型にすることができます。そしてその上空の衛星から3次元の直観測風のデータを取得、それを予測風に活用して、飛行経路・高度の算定モデルに動的に組み入れることができればと考えました。試算にはなりますが、もし世界全体で日々飛んでいるすべての飛行機で燃料を1%削減することができれば、航空業界全体で年間3200億円の燃料費削減が可能になります。

 また、精度の高い風の情報が分かることで、事前にシートベルトサインをつけたり、あるいはその空域を避けることで安全を確保したり、到着時間の予測精度が高くなったりと、航空会社だけでなく、ご利用いただくお客さまにとってもメリットを提供できるのです。

 ドップラーライダーを搭載した衛星打ち上げは日本では今のところ未定ですが、18年1月にはESA(欧州宇宙機関)が高度350キロメートルの低軌道に打ち上げることが計画されています。当面はこうしたデータを活用して、さまざまなシミュレーションを行い、実証実験を実施して、将来運用体制を構築できればと思います。

●日々業務をしている中で感じる課題から考える

 まさかファイナリストにも残ると思っていなかったですし、他にもさまざまな優れたアイデアがあったので、大賞を受賞したことに私自身、非常に驚いています。

 けれども、もし大賞を受賞できた理由があるとすると、それは航空業界で働いている自分が、日々業務をしている中で感じている課題から考えて、業界が何を求めているかをアピールすることができた点なのではないかと思います。他の最終候補者の方々の発表もすべて見ましたが、業界やビジネスの課題からアイデアを出している方は少なかったように思いました。

 自分自身、課題に手触りがあって、それを何とか解決したい、良くしたいと思う熱意が、審査員の皆さんに伝わったのかもしれません。加えて、飛行機の経路・高度というテーマ自体が、審査員の方々も含め、一般の感覚でもその課題や効用が分かりやすかったことがあるかもしれません。

新規プロジェクトを起こしていきたい

 大賞を受賞した後、いろいろな変化がありました。社内の役員が出席する経営戦略会議で発表の場をもらい、ANAの平子裕志社長から社長表彰もいただきました。私の所属しているフライトオペレーション推進部はどちらかというとバックエンド(運航をサポートする)側の部署なので、そうした業務に光が当たったことが嬉しかったです。

 今回の受賞を知った同僚から「アイデアは多くの人が思いつくかもしれないけど、動くことが重要だね」とか「自分も来年応募してみたい」と言われて、職場の活気につながったのが良かったです。

 私としては、何とかこのアイデアを実現していきたいと思います。ANAとしてはもちろん、航空業界全体にも貢献できるテーマだと思います。今現在、会社の中で新規プロジェクトとしての立ち上げを検討している段階です。

 S-Boosterを通じて、普段の業務では会えない方々とたくさん出会えました。合宿でベンチャービジネスやプレゼンテーションに関する講習なども受けられましたし。また機会があったら応募したいと思います。

 筆者自身、改めてインタビューという形で松本さんと話をさせていただいて、一番心に残ったことは「日々業務をしている中で感じている課題から考える」だ。衛星データの利活用の肝はこの一言にすべて集約されていると思う。松本さんのアイデアが近い将来具現化されていくことを強く応援したい

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